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名無し委員会

われ/われ、”名無し”の群れは、ここにこうして政治的意見を発表する。その物質的成果は、『別冊情況』「思想理論編」に掲載されるだろう。

ゼロ年代批評の政治旋回――東浩紀論

 (本稿は、『別冊情況 思想理論篇』第二号に掲載されたものである)

 

 

 

 

ゼロ年代批評の政治旋回――東浩紀

 

                            藤田直哉

 

  

 

ゼロ年代批評の政治旋回!?

『思想地図β』vol.3(二〇一二)、特集「日本2.0」の巻頭言で、東浩紀は政治旋回宣言を行った。

 

日本はどうあるべきか。考えてみれば、ぼくたちは長いあいだ、その素朴な問いをこそ忘れてきた。停滞する政治を尻目に、消費社会のまどろみのなか、それがまどろみにすぎないことを知りながら、現実との直面を先送りにしてきた。(p44)。

 

 ぼくたちは長いあいだ、自分たちがなにものか、その問いへの直面を(原発の問題への直面を、沖縄の問題への直面を、世代間格差の問題への直面を)避けることこそが幸せの条件であり、成熟の条件であり、ひいては「正義」の条件ですらあると教えられてきた。(同)

 

 ゼロ年代を代表し、オタク・カルチャーを牽引し、ポストモダンを肯定していた東浩紀という人物が本当に発したのかと疑うぐらい、単純かつナイーブな「政治旋回」である。これが稚拙なのか、あるいは稚拙かつ単純な言説を求める読者の心性を計算して稚拙に振舞っているだけなのか、判別はできないし、する必要もない。そのようなアイロニーの多重性の罠に迷い込み、時間を空費することよりかは、この文章そのものを素朴に読み、素朴に問うことの方が重要だからである。

 この文章にはいくつもの違和感、あるいは問題点を指摘できる。

一つには、東日本大震災を契機に転回した「政治」がこのような稚拙なもの――原発、沖縄、格差のようなステレオタイプなものであることである。その「政治」観が貧しく、紋切り型なのは意図的なパロディなのだろうか? 「脱・政治化」したオタクはそのことによって政治的だ、という論調を貫いてきた東の言葉とは思えないぐらい、政治が薄っぺらだ。できの悪いパロディではないかと疑いたくなるぐらい、薄っぺらである。

二つめは、「ぼくたち」を巡る問題である。ここで書かれている「ぼくたち」とはいったい誰のことを指しているのだろうか? 東浩紀自身と、東浩紀の想定するオタクたちだけを指しているのではないだろうか。それ以外に、そのような「正義」を教えられた「ぼくたち」に該当する人々の集団が思いつくだろうか?

 そして三つめの重大な問題は、「現実」という言葉の単純さである。「現実」という言葉が、あまりに単純に「消費社会のまどろみ」と二項対立にさせられている。ジャック・デリダ論でデビューし、『動物化するポストモダン』というタイトルが示すとおり、ポストモダニストであったはずの東浩紀が、一体どうしたことか。このような単純な二項対立こそが、ポストモダニストが否定しようとしたものそのものではないのだろうか。これは、東がポストモダニストを辞めたのか、あるいはポストモダニストであるまま戦略的な言葉を用いているのか、どちらなのであろうか。

 もしポストモダニストを辞めたのであれば、この「旋回」は、単なる東浩紀の思想の敗北である。それならそれで、それだけのことである。戦略であるとするならば、東日本大震災後に現れた単純な二項対立を求める大衆的な欲望に対し、「二項対立批判」を行うという立場は採らないとしたのか、あるいはそれに応じているように見せかけながら解体しようとしているかのどちらかである。だが、この二重性、多重性の罠にお付き合いするほどの親切さを読者が持つ必要はないだろう。今必要なのは、上記の文章に直面し、素朴に問いを発することである。東浩紀はなぜ政治旋回において、幼稚な政治観を提出し、狭隘な「ぼくたち」の枠を提出し、「現実」を巡る安易きわまる二項対立思考に陥ってしまったのだろうか。

東浩紀は、ゼロ年代の日本において、「批評」の代名詞のようにすら若い読者に思われた人物であった。彼の論じるオタク論、文化論は、社会論としても消費され、影響を後続の世代に与えた。「批評」と言えば、社会批評や文芸批評よりも、オタク・カルチャーの批評のことが真っ先に頭に浮かぶような世代を丸ごと作り出した人物と言ってもいいだろう。

今ここで東浩紀の政治旋回を批評の俎上に挙げるだけでなく、彼の理論と、それを取り巻いていた「ゼロ年代批評」それ自体を対象化する必要がある。なぜなら、彼の思想や理論の内容が影響を与えているのみならず、「ゼロ年代批評」は後続の世代に「批評とは何か」を巡る考え方のほうでこそ影響を及ぼしているからである。これから本当に必要な新しい思想を生み出すためには、東浩紀とそれを取り巻いていた「ゼロ年代批評」的言説空間に無自覚に浸っていてはいけない。それを対象化した上で、思考を、批評を、更新していかなければならないのだ。

そのために、本論では彼の主著である『動物化するポストモダン』(二〇〇一)を読み直し、「データベース理論」の検討を行い、「日本2.0」巻頭言との比較を行う。それによって、ゼロ年代という言説空間が一体何であって、これから何になろうとしているのか、その一端を明らかにすることができるはずである。

 東浩紀自身が現実や社会、政治に眼を向けるようになり、オタクたち=「ぼくたち」に向けて、「まどろみ」から醒めるべきだと主張したことを評価する人々もいるかもしれない。だが、脱・政治化したオタクたちが、そのような主体のままで幸福に生きられるような社会を目指す思想家であると自ら語っていたゼロ年代東浩紀は、それを信じた読者に対して大きな裏切り行為を行っている。この「旋回」は、ゼロ年代における彼の業績の、思想的な正当性を大きく失わせるものですらある。

 

 

動物化するポストモダン』と「データベース理論」

このような問いかけの視線を持ちながら、二〇〇一年に刊行された彼の主著『動物化するポストモダン』を再読してみる必要がある。先んじて答を言ってしまえば、ここに露呈した問題は、既に『動物化するポストモダン』に孕まれていたからである。

彼は、九〇年代以降に誕生した新しいオタクたちに、「日本」を意識しなくてもよい主体、さらには敗戦トラウマとアメリカという「政治」を意識しないですむようになった新しい主体を見出している。

 

したがってオタク文化と「日本」の関係は、集団心理的に大きく二つの方向に引き裂かれてきたと言うことができる。オタク系文化の存在は、一方で、敗戦の経験と結びついており、私たちのアイデンティティの脆弱さを見せつけるおぞましいものである。というのも、オタクたちが生み出した「日本的」な表現や主題は、じつはすべてアメリカ産の材料で作られた二次的で奇形的なものだからだ。しかしその存在は、他方で、八〇年代のナルシズムと結びつき、世界の先端に立つ日本という幻想を与えてくれるフェティッシュでもある。というのも、オタクたちが生み出した擬似日本的な独特の想像力は、アメリカ産の材料で出発しつつ、いまやその影響を意識しないですむ独立した文化にまで成長したからだ。(p32)

 

 このようなオタクの行っている行動として、東は「データベース消費」という概念を提出した。活字を読んだりする旧来の人間は、言葉の背景に現実があると思ったり、言葉が現実を指したりすると暗黙的な仮定をもっていた。「データベース消費」を行っているオタクたちはそうではなく、「現実」からは自由に、「データベース」のストックから自在に引用して言葉を作ったり文化を消費している。これが「データベース理論」の要旨である。

 このような「データベース消費」こそが、新しい主体として発見された九〇年代以降のオタクの特徴である。では、それ以前のオタクはどうであったのか。

「オタク的な日本のイメージは、このように、戦後のアメリカに対する圧倒的な劣位を反転させ、その劣位こそが有意だと言い募る欲望に支えられて登場している。それは明らかに、ラジオや自動車やカメラの小型化への情熱と同じく、高度成長期の国家的な欲望を反映している」。「オタク系文化の『日本的』な特徴は、近代以前の日本と素朴に連続するのではなく、むしろ、そのような連続性を壊滅させた戦後のアメリカニズム(消費社会の論理)から誕生したと考えたほうがよい」(p23)。東はこう指摘したうえで、次のようにいっている。

 

 

  オタク系文化の根底には、敗戦でいちど古き良き日本が滅びたあと、アメリカ産の材料でふたたび擬似日本を作り上げようとする複雑な欲望が潜んでいるわけだ。(p24)

 

 言い換えれば、オタク系文化の存在の背後には、敗戦という心的外傷、すなわち、私たちが伝統的なアイデンティティを決定的に失ってしまったという残酷な事実が隠れている。〔強調引用者 以下同様〕 (p25)

 

 

このように起源における敗戦トラウマを東は挙げる。さらに、七〇年代以降については大塚英志の分析を参照し、賛同する。近代国家で社会をまとめあげてきた理念などの「大きな物語」が機能不全を起こしてしまった。「日本ではその弱体化は、高度経済成長と『政治の季節』が終わり、石油ショックと連合赤軍事件を経た七〇年代に加速化した」(p44)。かくして、「大きな物語」の失調の結果、オタクたちの振る舞いは、サブカルチャーによって自我の核を作り上げなければいけなくなる。「神」や「社会」すら「ジャンクなサブカルチャーで捏造するしかなくなる」。大塚によれば、かくして、異界や外部などの超越的なものが消滅する社会状況を反映するように、そのようなものを求める心性がアニメなどの中に「異界」や「外部」を作り出す。そしてそのような虚構的な神話の中に自身を位置づけようとする。これが大塚の分析するオタクである。

東はそれに賛同しながらも、九〇年代以降のポストモダン化したオタクは、そこからも自由になっていると指摘する。全体を見渡す視点を「サブカルチャーとしてすら捏造する必要がない」新しい世代、それこそが「データベース消費」をするオタクである。ネコミミやメイドなどの属性だけで「萌え」ることができるこのオタクたちは、もはや物語すら必要なく、断片だけを消費している「データベース動物」である。それは、だからこそ、「現実」に捉われることのない自由な主体なのだ。

 東はそのようなオタクたちを、ジル・ドゥルーズリゾームモデルを使って説明を試みる。一点に支えられて存在していた「近代的主体」に対し、神も(強い意味での)自我も神話も必要なく、断片を組み合わせて戯れることで生きられる人々は、リゾームのようであると。

確かに、東の言ったような主体が生まれ、歴史や政治の重力からも自由になった文化と、それを享受する主体が新しく生まれてくるのだとすると、過去の重みや悲劇からくるシニシズムを乗り越えた、別種の未来が期待しうるだろう。歴史性や政治性を失うことの危険と天秤にかけたとしても、狭義の政治が齎した無力感・シニシズムを超えるための戦略として、この概念には魅力があるように見えたことは否めない。

それこそが、その可能性の追求こそが、東浩紀の魅力の核心であった。だが、政治旋回の文章は、その可能性の追求を自ら放棄してしまっている。だとすれば結局のところ、九〇年代オタクに見出した「断絶」や「自由」こそが、錯覚であり、あるいは希望的観測に過ぎなかったのではないか。

では、東浩紀自身が「政治旋回」によって否定してしまった、政治や経済、日本などの重力から自由な主体とは、なんだったのだろうか。そしてそれを説明するための理論であった「データベース理論」とは、なんだったのだろうか。本人が今さらまったくの間違いだったと反省するような言説が、かつては、一時代を築くような批評の潮流になってしまった、そのような空虚な時代であったのだろうか?

もちろん、空虚な時代だったのだ。

東浩紀の思想は、思想的な正しさや理論の整合性ではなく、彼の思想が「消費されていくこと」により正当化されるものであった。内容ではなく「売り上げ」こそが思想を正当化するという言説空間こそが、ゼロ年代批評の空間であった。東浩紀の思想は、オタクたちの自己肯定として利用され、コンテンツ制作者たちにとっては、便利な「箔付け」と宣伝として利用できるものであった。そのような中で、東浩紀の思想は生きてきた。

だから、オタク・カルチャーに不況の影が差した途端、慌ててその思想や理論を投げ捨てざるをえない。その程度の射程しか持っていない理論であり、思想なのだ。

 

 

虚構が続く限り――ゼロ年代批評市場の延命構造

 東浩紀に代表されるゼロ年代批評がこのように蔓延した背景には何があったのだろうか?

 先んじて結論を言えば、批評それ自体が「虚構」を継続させる役割を果たすことになったという、批評を巡る市場の構造変動が起こったということである。

東浩紀は、九五年以降に「例外的」に「浮遊感」が続いている日本の萌えカルチャーに「ポストモダン」を見出す。バブルが終わっていないかのように思い込める「浮遊感」をこそ、東浩紀は九〇年代以降のオタク・カルチャーの重要な特質と認め、それを「虚構」と呼んだ。

石黒昇原作・監督のアニメ作品『メガゾーン23』(一九八五)に触れ、宇宙船内に作り上げられた仮想現実が八〇年代の東京であり、その理由が「その時代が人々にとって一番平和な時代だった」という箇所を引き、東はこう述べる。

「当時の東京に生きる多くの若者たちの共通感覚を伝えていたに違いない」「八〇年代の日本ではすべてが虚構だったが、しかしその虚構は虚構なりに、虚構が続くかぎりでは生きやすいものだった」。「阪神・淡路大震災オウム真理教事件、援助交際や学級崩壊が相次いで話題となった九〇年代にはほとんど消滅してしまった。ところがオタク系文化の周辺においては、その幻想が例外的に生き続けてきたように思われる」(p31)。

 八〇年代の東京の浮遊感は「虚構が続くかぎり」肯定できるものであった。そして九五年に日本は閉塞感に満たされ、その浮遊感は終わったが、オタク文化の中に例外的にその「浮遊感」があるとし、そこに「ポストモダン」的なものを見出そうとしている。その結果、延命させようとしているものは、「虚構」であり、「浮遊感」である。

そう確認した上で「データベース消費」が起きているとし、「浮遊感」が継続しているとして、東が解釈を行ったジャンルそのものに注意をしてみたい。

九五年にはウィンドウズ95が発売され、パソコンブームが起こり、そのあとにはネットバブルが起こっているという点である。半導体は指数関数的に性能をあげ、コンピュータは手軽で安価で強力になっていき、インターネットが急速に発展した。この過程自体が、そもそも強い経済的・技術的な高揚感を持ったプロセスであり、ユーフォリア的なものであった。美少女ゲームも、ネットを通じた二次創作も、WEBそのものも、その中にある文化なのであるから、コンピュータ市場の発展やネットバブルなどがもたらした「浮遊感」「高揚感」そのものだけで、ポストモダン理論を持ち出す必要などは全くなく「浮遊感」の説明をつけることは可能なのだ。

 一部の業界人、特に、現場のアニメ制作者らから東浩紀を嫌う言説が多く発せられるのも、単純に言えばこういうことである。産業として立派に発展しているところに勝手に来て、「ポストモダン」を見出して解釈していき、誤解を広める人間であるというのが、その批判の要点である(「焼畑商法」という揶揄がよくなされる)。

 この批判にも、頷けるところはある。だが、同時に、批評や思想の延命、もしくは新しい展開という観点から見るのなら、彼が新しい評論のジャンルを開拓し、読者を獲得したことは英雄的な行為である。思想家や哲学者と言えども、文章を売らなくてはならないのだ。文学や批評の価値が社会的に低下しているという条件と格闘し、人文書が読まれなくなり、売れなくなっていくという環境の中で生き残らなければいけなかったという「ゼロ年代」のシビアさが要求したものでもある。

 東浩紀の主張する「データベース消費」に類する論ばかりが一人歩きし、それがあくまで制約の中にあるものに過ぎないという条件を人々が見落としやすくなる環境に、言説の構造全体が変動した。それは、『動物化するポストモダン』に内在している理由だけでは説明がつかない。むしろ、それを解釈し消費する共同体の問題であり、文筆業者に原稿の生産を依頼するクライアントの問題であり、コンテンツ生産業者や大学の経営の問題であり、それらをひっくるめた、批評を巡る言説空間の構造変動が背景にある。

それが証拠に、東の登場の裏側で、従来の素朴マルクス主義的な現実批判が鳴りを潜め、かつ論壇の主流を演じてきた大学の知識人たちがそれぞれの専門に雲隠れする。こうして戦後論壇が衰退するとともに、それとは何のかかわりも持たずまったく別個のところで、サブカルチャー批評が市場化したのである。

東浩紀の主張そのものが、「虚構」を継続させ、「浮遊感」を継続させ、その業界を盛り上げ、軽躁状態を作り出し、より消費させるために機能し、必要とされた。そしてその際、起源に存在していた枠組みや前提は意識的にか無意識的にか忘却された。

 「オタク文化」にのみ見られた浮遊感を継続させるために、彼の言説そのものがある種の「虚構」あるいは「虚構の延命」のための装置となり、業界に「浮遊感」を作り出すようになる。すなわち、これが東浩紀の言う「パフォーマティヴ」の内実である。

オタクであること、ネットに依存していることが、「ポストモダン」で「最先端」で「知的」であるという幻想に訴えかけ、オタクたちの中で心が弱く、知的コンプレックスが強い層に、「知的優越心」を販売すること。

宇野常寛はそれを「免罪符商法」と呼び、オタクたちが美少女たちを「安全に痛く」消費するレイプ・ファンタジーに寄与していると批判していた(とは言え、宇野常寛もまた、結婚したり会社から独立した後には、なぜかAKB48を絶賛する言説を発するようになり、その言説そのものがAKB48を「安全に痛く」消費する「免罪符商法」であり、レイプ・ファンタジーに寄与してしまっており、しかもそのことをダーク・ヒーロー的な思い込みにより正当化しているという現状との矛盾や齟齬を、明確に言語化してはいない)。

 そのような、「データベース消費」という知的言説が、新しい批評の読者を開拓した。それは、批評文を販売する産業にとっては非常に重要なことであった。インターネットそのものやコミュニケーションを理論化し、そのユーザーをエンパワーメントすることで、自身の理論や主張をネット上で大きく流通させることに成功した。ゼロ年代のオタク文化は、縮小傾向にある文化産業の中で、「参加型」の文化享受のスタイルに活路を見出すように消費・生産構造を変動させていく。ネット上で「作品」が話題の「ネタ」にされて消費される。そのような消費スタイルを論じる「批評」そのものも、「ネタ」を消費するのと同じようにそれ自体が「ネタ」として消費されるようになるのは時間の問題でしかなかった。ゼロ年代において急速に変容した文化消費・享受のスタイルの中に介入しながらもそれ自体がネタにされる無限循環構造こそが、ゼロ年代批評の行き着いた「果て」であり、同時にゼロ年代批評の核心でもあった。

現状、データベース消費は消費の悪無限、コミュニケーションの無限循環を生み出し、いつまでたっても「現実」に接触できないという焦燥感をすら生み出すものになってしまっている。だが、だからといって、データベース消費の外部に安易な「現実」が存在するはずはない。東浩紀が「日本2.0」の巻頭言で提示する「現実」も、性急な衝動へのその場しのぎのために与えられる、「現実という名前で呼ぶことにした虚構」に過ぎないのではないのだろうか。

「データベース消費」の概念は、それが限定された枠組みの中にしかないことを意識的・無意識的に忘却されたまま、流通し、受容されていた。当然、その「浮遊感」は「虚構」であり、ある条件がなければ継続が不可能であることを、東自身は少なくとも二〇〇一年時点では自覚していた。

 であるから、その「虚構」の継続が不可能であると判断がなされた場合、「歴史」や「政治」や「経済」の問題に彼が目を向けることは、全く旋回でもなんでもない。むしろ、抑圧されていたものの回帰である。だがその回帰の結果が、「現実」を装った「虚構」を生産するという、反転した形での反復となってしまっている点が重大な問題なのである。

ゼロ年代後半における、東浩紀自身の言説、キャラクターとしての役割演技、彼に原稿を依頼する産業の問題、ネットで発信しながらコミュニケーション的に作品を消費する読者、それらが形成した極めて閉じた世界における、批評的言説という「虚構」の多幸感的な消費――それこそが、ゼロ年代後半に、日本の批評界の一角で起こってしまった、ある特殊な事態である。

 

 

「現実」に覆い隠される現実――福島第一原発観光地化計画

 かくして、批評文販売業者としての東浩紀は、もともとアイロニーを好む性質もあったことと相互影響を起こし、自らの言説と本心を巧みに乖離させ、そのことを正当化していく理屈を複雑に多重に織り上げていくことになる。読者の側から見れば、何を言っても「それは違う」「逆の意味だ」と言い返され、知の権威の元にねじ伏せられ、批判することもできず、闇雲に超越化していく「東浩紀の本心」を追い求める羽目になる。東浩紀の立場から見れば、自分の本心を理解しないで、言葉や振る舞いだけで動かされる「動物」のような読者との乖離が激しくなっていく。

 「日本2.0」における東の発言には「何重にも」「捻れ」という言葉が、分析の中で何度も用いられているが、それは彼自身が自身のことを説明しているにも等しい。すなわち、自身の言説が「虚構」であったのだが、その継続を辞める決意を行った。それが故に、日本や政治、歴史や「現実」などを見つめると宣言している。それが単純極まりない二項対立以外のものでなく、ポストモダニスト東浩紀は自身の論の破産を宣告したに等しい。

彼が行おうとしているのは「日本」を作り直すことであり、そこにはまさに「擬似日本」を現実化してしまいたい欲望が見え隠れしている。「現実」を「擬似日本」化してしまい、「擬似日本」を「現実」化してしまうことによって、両者の区別をなくしてしまおうとする欲望。確かに、ここには何重もの捻れが存在する。

 例えば、彼が立案している福島第一原発観光地化計画の場合を見てみよう。「原発事故」という、日本の科学技術立国としての誇りを打ち砕き、生命の危険やインフラの危機を強く示唆するトラウマに対し、それを「テーマパーク」化するプロジェクトに、アニメ的な意匠を用いるアーティストを起用し、拡張現実を用いたアーティストAR三兄弟に協力が要請されていた。

 現実そのものをテーマパーク化してしまい、それを「現実」にしてしまえば、直面する現実そのものが「擬似日本」に等しいものになる。「虚構」が続かなくなったから「現実」を見ると言いながら、彼が見ようとする現実は、一度その上に虚構的な現実を覆い被せてしまったような現実でしかないのである。

この福島第一原発観光地化計画を、日本のサブカルチャーが、原爆投下に象徴される「科学技術」による敗北を一つのトラウマの起源として持っているという説を踏まえて、「第三の原爆」に「文化」によって対応しようという試みだと見ることは可能であろう。それは、福島原発の事故というリアルに直面せず、未だにトラウマを埋め尽くそうとサブカルチャーを動員することで、戦後日本の戯画的なパロディであり、反復になっているのだが、それではまたしても「現実との直面が先送り」になってしまうのではなかろうか。むしろ、そのトラウマへの直面ではなく、現実への直面の「先送り」の機能の方をこそ、このプロジェクトに感じ、批判する人間が多く出ることは当然のことであると思われる(「現実との直面が先送りになってしまうという現実」には遭遇するのだが、そのようなジジェク的な〈現実界〉の話をここでしているわけではない)。

実際に、われわれの生は、ほとんどバーチャルリアルであるかのような、擬似現実的なものに感じられるような条件の生もあるかもしれない。しかし、カント的な〈物自体〉やラカン的な〈現実界〉のようなことを持ち出さなければ、現実に直面することなど、いくらでもあるという批判は可能だろう。崖から落ちれば骨折するし、毎日農作業をすれば腰は曲がる、車で人を跳ねたら相手は怪我をするし、膨大な賠償金を払わなければいけない。家賃を払えなければ家を追い出されるし、家庭の中で喧嘩が起これば殴られることもある。このような些細な、生活世界に属する素朴な意味での現実は存在する。

このような素朴実在論的からの批判は、「虚構」が“全て”を覆い尽くしているかのような言説が蔓延している際には有効性を持ちうる。だが、素朴実在論も、あるいは逆に全てが虚構であると言うのも、虚偽である。その両者が混ざり合っているのが現在の生であり、東日本大震災を経たとしても、その“当事者”の苦しみや悲惨さに共感し想像したとしても、むしろその混濁が著しくなっていく状態こそが現在である(現実がショックを与えただけで現実に目覚めるのであれば、戦場でPTSDになった兵士は、どうしてもはや現実ではない悪夢=虚構に何度も魘されるのか。あるいは、現実が悲惨になればなるほど、願望充足的な逃避を生じさせるということもあるのではないのか)。

巨大で悲惨な大災害ですら「現実感のないもの」としてしか感じられなかったり、ショッピングモールなどの、ジャンクな「擬似日本」であることそのものを当たり前の事実として生き、「虚構と現実」を二項対立としては理解しないような生こそが、今ある〈新しい生の次元〉である。だから「現実」なるものを積極的に覆い隠し、あるいは「擬似日本」化させようと積極的に行い、さらにその「擬似日本」を「現実」なる言葉でさらに覆い隠すような身振りは、必要ないのではないだろうか。それを必要とする社会的条件に、今の日本があるとは思えないのだ。

「日本2.0」の巻頭言が、『動物化するポストモダン』と、ほぼ同じ主張を行い、まるで『動物化するポストモダン』の議論の延長にあるかのような見せ掛けを保ちながらも、決定的に変わってしまった箇所がある。そこで抹消されたのは、オタク文化が、「日本」の中にある「擬似日本」であるという主張なのだ。

では、オタク文化はどのようなものとして位置づけられたのか。『思想地図β』vol.3における座談会「アキハバラ3000――サイパン」を読むと、「オタク文化」と「日本」の関係がどう変わったのか、その認識(の曖昧さ)が明瞭に見えてくる。

 

 

ガラパゴス化と呼ばれる特殊な条件におけるオタク文化も〕衰え始めている――少なくとも一時のような成長傾向にないことも明らかになってきている。そのような状況のなか、日本は、とりわけそれを象徴するものとしてのアキバは、これからさきどこを目指せばいいのか。秋葉原ひいては日本が、三〇年後、五〇年後でも若者たちの聖地になり、世界中から人々が集まるようにするためにはどうすればいいのか。(p22)

 

ここでは秋葉原の問題に焦点を当てましたが、それは実は日本社会全体の問題でもある。オタクのライフスタイルというのは、それこそが戦後六〇余年の日本社会が達成した豊かさの象徴でもあるからです。だからこそ震災後のいま、戦後の終わり?とともにオタク文化の終わりも囁かれているわけですが、今日はむしろ、そこで終わりを嘆くのではなく、オタクの原点に戻り、秋葉原こそが世界中からマイナーな文化消費者を呼び集める聖地となることが提案された。(p38)

 

 

ここでは、秋葉原とオタク・カルチャーが、日本を象徴するものとされている。アメリカ産の材料を用いて作られた擬似日本という主張は表に出ないまま、オタク・カルチャーこそが「日本の象徴」であり「戦後六〇余年の日本社会が達成した豊かさの象徴」とされる。サブカルチャーで作られた「擬似日本」を、文化資源・社会的遺産として、新しい「日本」を構築するための心情的な基盤にしようとここでは提案されている。

これは確かに多重に捻れている。随所で東が参照を試みる日本の近代化とて、「日本」の精神を捏造したりして共同性を構築したものであるのだから、そもそもが明治以降は全て「擬似日本」であったとも言えるのだ(そこで日本近代文学は大きな役割を果たした)。本居宣長の国学も、「からごころ」を排して「やまとごころ」を取り出すという、ある意味で虚構の日本を作り出す試みであったが、それとて批判している漢学の方法論を用いて行われた。東は、『動物化するポストモダン』で、オタク・カルチャーを、外来の意匠を継ぎ接ぎして作った「擬似日本」であると言ったが、むしろ、近代化以降の日本もまた折衷主義的なハイブリットであったし、「やまとごころ」なるものを純粋に抽出しようという試みそのものが、それ以前にすでに混交することによって成立してきた文化・制度・歴史があったからこそ、生まれたものであった。

だから、「擬似日本」に対し、純粋な「日本」を探求しようという試み自体が、むしろ倒錯したものであった。今のような国家の枠組みやナショナリズムという概念自体がそもそも外来の意匠なので、捻れるのは当然といえば当然である。

だから、「擬似日本」と、「日本」の二項対立というのは、生じては歴史の過程で何度も混ざりあって、次第に「擬似」と「本物」の区別がつかなくなっていくプロセスを絶えず繰り返しているものと考えられる。オタク・カルチャーが「擬似日本」を形成している別種の「虚構」であるという言明が避けられているのは、それを新しい(本物の)日本の「現実」にしてしまおうとしているからである。

日本を新しく建て直そうと試みる際に、すでに社会的遺産と化し、文化的伝統と化したサブカルチャーを用いることは、間違ったこととは言えない。それはひとつの重要な試みである。

だが、東の論理構成には、どこかおかしいところがある。オタク・カルチャーが成長傾向にないから、オタク文化がどこを目指すべきかという問いに、日本の行く先の問題を接続させることで、オタク文化と国家の資金が結びつく未来を提示するのは、もっともなことかもしれない。

しかし、オタク・カルチャーが成長傾向ではないことがオタク文化の終わりを意味しているわけではないし、そもそも成長傾向でなければならなかったのは、東浩紀という人間が「虚構」の継続による「浮遊感」を求めていたからという理由に過ぎない。成長しない文化も、低迷していく文化も、文化である。

さらには、それほど金銭的に潤滑でなくても、ある種の浮遊感を得る文化装置は多く用意されている。産業としても、オンラインのネットゲーム、ソーシャルゲームなど、急速に発展しているジャンルもある。これらを、東はどう理解しているのだろうか。

 震災後、オタク文化の終わりが叫ばれたが、筆者の管見する限り、オタク・カルチャーは通常運転だった。震災の影響が内容面にあると思しいアニメ作品、例えば『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』などは、記録を塗り替えるほどの動員数となった。長期的な経済的衰退が続けば、この文化も緩やかに停滞していくのかもしれない。しかし、それは震災とは関係なく、グローバル資本主義に潜在する問題や、長期不況によって、じわじわと訪れてきているものであった。

そもそも、阪神大震災オウム真理教事件、長期不況や閉塞感の中で「虚構」を維持し続けてきたオタク文化の慣性というのは、東日本大震災リーマン・ショックが起きてさえ続くものであったのだ。これは、ひとつの絶望でもあるし、逆に言えば、希望でもある。オタク文化に「日本」の基盤となるメンタリティーを期待し、そして社会的遺産としてそれが生み出した心情を肯定するのなら、この「動じなさ」をこそ、擁護しなくてはならない。

 そして皮肉なことに、安部政権が誕生し、アベノミクスなる経済政策で、株価が上がり、春闘では賃上げが相次いだ。金融資本主義の中では、期待感や高揚感などが生み出した虚構の数字ですら、現実の数字となる。アベノミクスがこのまま成功し続けるのかどうかは全く分からない。だが、東浩紀が「虚構」の終わりを宣言し、オタク文化が衰退していくとしたその直後に、オタク文化ではなく、政治と経済と労働の現場が、「虚構」による成長を選択し、「浮遊感」を得始めている。

 アメリカ(GE)と日本(東芝)のハイブリッドで生み出した、「第三の原爆」というメタファーで捉えられようとしている福島第一原発の事故を、アメリカ産の素材で生み出され、日本で畸形的に生み出されたサブカルチャーで覆い隠そうとする必死の努力の外側では、TPP参加を表明し、アメリカとハイブリッド化した日本の金融資本主義が、「虚構」を作り出し、そしてその虚構は実際に生活や生命に関っていく現実になる。占領軍とアメリカが作り上げたハイブリッドの戦後日本という畸形そのものの国は、在韓米軍などと協力しながら、今後も国防を行っていくだろう。

 冒頭での引用に戻るが、ここに書かれている「ぼくたち」とは誰で、誰がそれを正義だと教えたのだろうか。東京大学での指導教官・高橋哲哉、デビュー雑誌であり、『存在論的、郵便的』を連載していた『批評空間』の浅田彰柄谷行人は少なくともそのような主張をしてはいない。むしろその反対に近い発言を多く行っていなかっただろうか。

対談本『動物化する世界の中で』の笠井潔、『リアルのゆくえ』の大塚英志は、東の上記のような考え方を批判したが、そのときに「直面を避けること」を肯定しようと理論構築を行おうとしたのは東ではなかっただろうか。

ここで彼は「教えられた」というレトリックを用いて、まるで被害者であるかのように振舞っているが、実のところ、彼がゼロ年代批評の読者に「教えた」のだ。ここで使われている「ぼくたち」が指している共同性の範囲は、とても狭い。その「ぼくたち」の中には、多くの人々が、意識的にか、無意識的にか、抜け落ちている。

沖縄の問題も、原発の問題も、地方の問題も、格差の問題も、常にあった。それに向き合うことこそが正義だ、と多くの人間は主張していた。そして、そのような起源にあるアメリカの問題、政治の問題、経済の問題は、『動物化するポストモダン』において東浩紀自身が確実に認識していたし、「日本2.0」で東が紙幅を大きく割いて高く評価する村上隆がその表現を通して――「リトル・ボーイ展」だけではなく、時には偽悪的ですらある世界市場の投機性を見せ付けることで――突きつけようとしてきたことなのではないだろうか。

 彼が今、「現実」という名で直面しようとする身振りこそが、虚構である擬似日本を延命させることになる。今こそ、この多重に捻れた「現実」の欺瞞性を撃たれなければならない。さもなくば、この「現実」が真の「現実」であるかのような錯覚が蔓延し、流通したときに、様々なものが新たにまた隠蔽され、排除され、視野の外に消えるだろう。

「日本2.0」の巻頭言は、書かれた瞬間にその文章そのものを裏切り、過去の東浩紀の思想も裏切り、読者も裏切ってしまっている。どうしてそのことを、ゼロ年代批評の読者たちは、裏切りと感じ、抗議しないのか。知的権威やレトリックに煙に撒かれ、批判することそのものが馬鹿に見えるような風潮それ自体が、ゼロ年代批評が用いた詐術に過ぎない。そのような詐術から醒めた眼で虚心坦懐にテクストを読めば、誰だって思うはずだ。これはハイコンテクストでアイロニカルで多重化した高度なテクストだ……などと、教祖の言葉のようにありがたがり、真意を読み取ろうと無駄に努力する必要はない。これは単に、支離滅裂で幼稚で不誠実な文章である。

 

 

 

 

情況別冊「思想理論編」第2号

情況別冊「思想理論編」第2号

虚構内存在――筒井康隆と〈新しい《生》の次元〉

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